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預かった泳者の一生を面倒みる

11月30日(金)

11月も今日で終わり…1年がどんどん早く過ぎてゆく(笑)。
明日からは12月だ。ということは…明日は○○○なのだ。

△△も大学が決まり、ただ今期末テスト勉強中。
ということで、しばらく練習できない。でも終わったら再開ですよ。
やっぱり練習を見ているのが一番楽しいですね。
だって「夢」を感じさせますし、頑張っている姿を見ていると、自分も頑張らなくてはという気持ちになりますよ。

以前のブログにも書いたと思うが…コーチのポリシーのひとつに、こんなものがあります。
「預かった泳者の一生を面倒みる」
うん?何のことだい?と思う人もいるだろうな。
つまり…

人間として人格や考え方などが一番決まるだろうとする青春時代の中学や高校のときに、いろいろあるスポ-ツなかで「水泳」を選んだ以上、ある意味その人の進む道や人格を定めてしまったと思う。

というのは、もし「水泳」をやっていなかったら、ちがう人格や気持ちを持った人になっていたかもしれない。また進む道も変わっていたかもしれない。
成人になっても「水泳」を親しんでいないかもしれない。そうすると、また違った人生を送っているかもしれない。

「預かった泳者の一生を面倒みる」ということは、「その泳者の一生を決めてしまった」ことだと思う。ちょっと大げさな考え方や思いかもしれないが、コーチはいつもそのくらいの気持ちを持って指導してきたし、指導している。

逆を言えば…だからこそ、その選手に対して「夢」を描くことができるのかなとも思う。

0秒1のために何時間も練習する、0秒1のために何Kmも練習する。
結果、たとえ0秒1速くなったことでも、昨日までの自分を超えたということにもなるし、それが今後の生活や社会人になったときに必ずプラスになることが多い。
楽をしても時(人生)は過ぎていく、でも自分を超えることは何かをしないとできない。
長い時(人生)のなかでは、ここ一番に頑張らなくてはならないときがある、踏ん張らなくてはならないときがある。
他の人に頼ることができないそんなときこそ、自分超え=0秒1の世界を感じるときだろうな。

そんなことを感じることができる選手に「夢」を持てないなんて、コーチとして考えられないな。
だから「夢」を持てるのかもしれない。

今まで教えた数多くの選手に対して「あ~水泳をやっていなかったらこの選手はどんな人生を歩んでいたのかな?」と思うことがあるね。
そして今、「この選手が水泳をやっていなかったらどんな人生を歩むのかな?」と思う。

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