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2013年3月

3月が終わった

3月31日(日)

3月が終わった。いや、まだ3時間ある(笑)。
3月は別れの季節、4月は出会いの季節だが、コーチにとってはどんな出会いがあるかな?

おっと明日は「エイプリルフール」か…

高校最後の練習

3月30日(土)

久しぶりの長水路練習、しかも△△にとって高校生として最後の練習を今日行った。
高1の1月、コーチに練習を見て欲しいとの連絡があり、あれから2年と2ケ月…早いものです。
思えば、中1のときに某スイミングに所属していながら全国JOのタイムが切れなくて、7月に「一週間コーチの練習をしてください。JOのタイムを切らせてあげますよ。」って話したことがある。
予選では予想以上のタイムを出して突破したね。まあ~皆の応援もあったし、それが△△の後押しをしたこともあったよ。

そして3年後の高1の冬、練習についての相談があってから1ケ月後から練習を見ることになった。
当時、同じスタイルの中学生○○も理由あって指導していたので、約1年ばかりいっしょに練習をすることがあった。○○は何とか関東まで導くことができ、その後は△△とのマンツーマンでの練習。
この2年間、△△の夢はコーチの夢でもあったし、同じ夢に向かって練習したね。
練習ではいろいろなことを話し、それが効となり練習への取り組み方や気持ちが前向きになったようだ。
きっとこの二人三脚で歩んだ2年間は、△△にとって大きな財産となったしコーチも自負している。

4月から大学生となるが…コーチとしては、まだやり残したことがある。夢は捨てきれないね。

△△にとって高校生と違う生活が始まるが…今の時間を大切にして、前を向いて進んでほしい。
今日の練習後に今日まで歩んだ足跡をプレゼントしたが、コーチの贈る言葉を忘れないでほしいね。

時間の大切さ

3月28日(木)

100分の1秒足りなくて全国大会に行けなかった選手を多く知っている。
そうなんです、競泳は時間との戦いだ。
体操やフィギュアスケート、シンクロのような採点競技ではない。主観の入らない客観的な競技である。
だから誰でもその結果には文句をつけることができない。

もう20数年前になるが、教えていた選手がこんなことを言っていたことを思い出す。
「競泳は時間との戦い。だからこそ遅刻などして時間をルーズにしてはいけないんだ。日頃から時間をおろそかにしていると失敗する。」
これはコーチの言葉ではないのです。選手の言葉ですよ。

この選手は…全国JOは当然として、インターハイ、日本選手権、そしてオリンピック選考会まで出場しました。

今この時間を有意義に使っているかな?

3月25日(月)

昨日は桜が綺麗に咲いていた。
午前練習後△△に桜の話しをすると、写真撮影となったね。Img_2277どうですか?こんな感じですよ。
二人で撮った「ツーショット」もありますが、ここでは見せられませんね(笑)。

さて練習は…
前回より多少強度を上げたが、けっこう速いタイムでまとめていましたよ。

キックの100mでは…
「オッ」というタイムで、シーズンでの練習中でもなかなか出せないタイムできましたね。

スイムの前の会話、
コーチ「キックより遅かったら笑うよ!」
△△「・・・?」
コーチ「キックのタイムより10秒速くを目標」
△△「えっ!」と言いながら目が点となり、キックのタイムが速かったのを実感した様子。
コーチ「遅かったら、レースでは腕なし?」
△△「・・・?」
コーチ「腕をつけたら抵抗となって遅くなる?」
△△「そんなことないよ」

っていうことでスイムも100mのハード。
10秒速くは無理でしたが、8秒ほど速く泳いでいました。

キックの感じについて前回にも書き込みしたが、ハードでもその動きが見れましたね。
おっと内容は企業秘密(ナイショ!)です。

あっこんなこともありました。
400IMを指示…辛いリバースです(Flyが最後)。
内容を伝えたところ、おもわず「えっ!」という表情でしたが(現状ではキツイでしょうね)
コーチ「できないことをできるようにするのが選手であり、大切なことだ」と話したら、
△△「やってやるもん」と言いながらスタートしましたね。

いつもながら練習中はいろいろなことを話していますよ。

30分の差

3月21日(木)

火曜日の朝、地下鉄東陽町駅前交差点であった「通り魔的傷害事件」。実は、△△の午前練習に行くのに東陽町を利用するため、事件発生30分前ぐらいにそのにいたのです。
たまたまその日はいつもより早く家を出たため事件に遭遇しませんでしたが、いや~30分遅れていたら巻き込まれていたかもしれませんね。

発見

3月19日(火)

日曜日に練習したからか、△△の泳ぎがなめらかになった。
アップはいつも同じメニュー(SKPSで400&IMで8×50m)なんですよ。だから「今日は身体が動いているな」とか「今日は動きが悪いな」とか調子の判断材料としています。
動いているときや気分的に調子良いときのSKPSの種目が、内緒ですが△△のアップは定番がありますね。本人は気づいてないと思うが…(笑)。

Brのキックで…「アレ?」と思うところがあり、終わったあとに△△に話した。
以下、二人の会話ですが…○○は企業秘密です(笑)。

コーチ「けったあとに○○○○足先が○○○、○○が浮くよ」
△△「それって良いこと?悪いこと?」
コーチ「○○ことだな。磨けば武器になるな」
と話し、具体的に説明したが…、本人は意識していない動きらしい。
それって、すごい発見だよ。

いつもハードな動きであったため見落としていたのかわからないが、今日みたいな練習だったので発見できたのかな?

終わったあとの△△の一言…「久しぶりに泳いだって感じ、疲れたあ~」。
メニュー的にはアーリー期のようなものであったが、IMをところどころにちりばめたからでしょうね。
何たって全身つかいましたからね。

今日は…

3月17日(日)

午前…いろいろなことがあり、約一ヶ月ぶりの△△の練習。
泳いでいないこともあり、フォームチェックやドリルメニュー&身体に刺激を与えるために、ちょっぴりハードを入れて、まるでアーリー期(準備期)のような練習メニューだった(笑)。
フォームは思ったほど崩れてはいないので「ほっと一安心good」。しかしパワーがないdown
50m45秒サイクルをEffort指示のもと頑張っていたが…死んだね。
一ヶ月練習していないのに45秒サイクルをさせるコーチも「鬼」だと、きっと△△は心の中で思っていたでしょう。メニューを伝えた時に予想もしていないことにビックリwobblyしていたからね。
隣のコースでは、競泳ぽい学生が3人練習していた。△△がプル板に静岡って書いてあったのを見つけたので、高校卒業後上京して自主鍊しているのかな?とも思い、おもわず声をかけてしまったら…早稲田大学のトライアスロン部メンバーでした。
失礼!てっきり高3かな?と思っていたのに大学生でしたね。

午後…買い物の手伝い。久しぶりに付き合ったね。
もちろん、荷物持ちでした(笑)。

と、今日も一日が終わった。
夜は「エンタの神様」をみて笑いますよ。

卒業

3月15日(金)

卒業式シーズンsign03

高1の2月から指導してきたBr選手△△が今日、高校を卒業した。
二人三脚という形でこの二年間、ずっ~と夢を追いかけてきたが、とうとう高校生のうちにその夢をかなえてあげることができなかった。コーチの力不足でしたね。
でも夢を追いかけて進むということは、コーチにとって楽しいものでしたよ。
プールサイドから△△の泳ぐ姿を見て、そして練習をすることで競泳コーチとして「生きがい」を感じましたね。
夢をかなえさせてあげたい…このことだけを考え続けていましたから。
そして、「挑戦」する気持ちで△△も夢にむかって泳いでいました。

夢や目標があるから、今を生きることができる。
夢や目標があるから、できることがある。

      卒業おめでとうsign03

2年前の今日

3月11日(月)

あれから2年、まだ2年。
時間が過ぎるのは皆同じだが、長く感じるか?短く感じるか?は人それぞれ違う。

コーチは短く感じます。
今でもあの時の地震のすごさは覚えています。
「プールから上がれ!!!」…叫んでしまいました。

今なお2500名を超える行方不明者がいます。
この数字が0になるのはいつでしょうか?

「震災は忘れた頃にやってくる」と言いますが、この地震は忘れることができませんね。

tunami01

こうして津波の画像を見ると、改めてその凄さを感じる。

午後2時46分…指導前のミーティングでコーチ達が集まって「黙とう」しました。
今この時を、生きていることを、感謝しましょう。

昨日のこと

3月7日(木)

昨日は…スイミングクラブの関東支部総会があって「中央大学駿河台記念館」へGOdash
内容は来年度の予算承認や各委員会の報告等。この時期はなんだかんだと言ってこの手のことが多くなる。
終了後はここでImg_2248懇親会beer
ウイスキー2杯&ビール1杯いただきましたhappy01

急遽帰省

3月5日(火)

父が2月28日の午前3時35分に亡くなり、急遽翌日から帰省してきました。Img_2238_2ここで降りてImg_2227ここまで行きImg_2226久しぶりに見る冬の景色でした。

喪主ということで、いろいろなことを行い心身とも疲れましたよ。
でも無事に葬儀も終わり、今は「ホッ」としています。

享年84歳…今の時代としては長いのか短いのかわからないが、父はけっこういろいろなスポーツをしていたことを思い出します。
中でも、スキー指導員として冬はスキー学校へ行っていました。Img_2186一緒に滑ったこともあり、学校のスキー実習では父と同じ班になるのがイヤで、班編成にわざとヘタに滑ったこともありましたね。

高校卒業してからは東京に出てしまったので、今や年一回会えれば良いくらいだったが…

          感謝しています。

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